近年、ニュースで「クルド人」という言葉をよく耳にするようになりました。しかも、大抵がネガティブな意味合いです。一昔前の在日中・韓国人と同様、日本でクルド人差別が広がっているのを感じます。
しかしながら、私たちはそんなクルド人のことをよく知らないのではないでしょうか?今回は、「言語」という観点から、クルド人について深堀りしていきたいと思います。
今回、主軸となる記事はこちらです。
こちらの記事は、デジタル世界において、クルド語がどのようにコミュニティを形成しようとしているかについて書かれた記事です。今回はこちらの記事の内容を深堀りする形で、解説していきます。
そもそも、クルド人ってなに?
「~人」と聞くと、どうしても国とイコールであると考えがちではないでしょうか?例えば、「日本人」なら日本に住んでいる、または日本出身の人、「アメリカ人」ならアメリカの人、のように。しかし、「クルド」という国はなく、クルド人と呼ばれる人々は、地理的に複雑な立ち位置にいます。
高橋(1987)の論考の中で詳しく述べられているため、引用します。
クルドを少数民族と呼ぶのはラベルの貼り違えとも言える。なぜならば第一に総人口約一千万人と推定されるクルドは、中東においてはアラブ、トルコ、ペルシアに次ぐ四番目に大きなエスニック集団であるからだ。第二に、その主要居住地クルディスターンにおいてはクルドこそが多数派であるからだ。クルドにとっての悲劇は、この山岳の地クルディスターンが国境によってイラン、イラク、トルコ、シリアそしてソ連の五カ国に分断されている点であり、クルドがそれぞれの国でマイノリティーとなっている点である。

クルディスターンの大まかな地図は上図の通りです。上述の通り、複数の国にまたがっていることが分かると思います。本記事では、なぜこうなったのか、という歴史的背景については、「言語」というテーマからそれてしまうため触れません。
また、人口についてこちらは1987年の論考なので、ソ連がまだ存在していたりします。データも少し古いものであるため、最新のデータ(2014年7月推定)を紹介します。
| 国名 | 人口 |
|---|---|
| イラク | 585~780万人 (総人口の15~20%) |
| トルコ | 1500万人 (総人口の19%) |
| シリア | 126~180万人 (総人口の7~10%) |
| イラン | 560~820万人 (総人口の7~10%) |
こちらは、CIAのWorld Factbookに掲載されていた情報のようですが、現在は公開が終了されており、原典を当たることができませんでした。そこで、今井(2017)や吉岡ほか(2014)のレポートに掲載されているデータを元に表にしました。
これらの地図や人口データを見ると、複数の国にまたがって住む民族、ということが分かっていただけると思います。そんな彼らは、様々な問題に直面しているわけですが、今回は、「言語」の問題について触れていきたいと思います。
問題① クルド語の禁止
クルド人が複数の地域にまたがって暮らしていることは紹介した通りです。それぞれの国で少数民族になるということは、クルド人が用いるクルド語もまた、少数言語となってしまうことを意味します。
クルド語は、その使用が各国で禁止されてきた歴史を持つ言語です。まずは、それについて詳しく見ていきましょう。
シリアの場合
シリアでは、フランス植民地時代にクルド人を含む少数民族の優遇などにより、クルド人に対する差別意識が高まっていました(青山, 2005)。
以下、青山(2005)の研究ノートから、シリアでどのようなクルド語弾圧があったのか、その例をいくつかご紹介します。
①シリアのバアス党ハサカ支部指導部政治局長、ヒラール氏の発言
この人民[=クルド人]はアイデンティティを欠いたまま暮らしている。[…]
クルド語と呼び得るような言語はなく、通訳無しには意思疎通さえ不可能な、部族ごとに異なった諸々の方言があるに過ぎない[…]
クルド人民には[…][共通の]歴史も文明も言語も人種もない。
バアス党はクルド人に対しクルド人差別を行ってきましたが、ヒラール氏の発言や、バアス党の支持が安定するようになると、さらに厳しくなっていきます。
②クルド語起源の市・村名のアラビア語名への変更
コバーニー市 →アイン・アル=アラブ
ギールディーム村 →サアディーヤ
③公の場でのクルド語による会話禁止
1980年代、ハサカ県で実施。少しずつ禁止される場面が拡大していった。
④クルド風の名前をつけられた新生児の出生届の却下
1992年から内務省によって正式に実施された。
⑤クルド語による書籍の出版制限
トルコの場合
トルコでのクルド語の立場については、能勢(2025)に詳しくまとめられていましたので、一部抜粋しながら紹介します。
トルコについて言えば、1923年のトルコ共和国建国以来、トルコ民族を核とする国民国家の建設が目指されるなかで、クルド人は「山岳トルコ人」、クルド語はトルコ語の「方言」とされ、同化政策の対象になってきた。特に、一般のクルド人の「トルコ化」に重要な役割を果たしたのが言語・教育政策であり、公的な場所でのトルコ語使用の徹底に加え、クルド人の多く住むトルコ南東部では、寄宿制の学校が多く建てられ、クルド人の子供たちが就学を機にクルド語を話す両親から離されてトルコ語での生活を余儀なくされてきた。
元は、Fernandes, 2012. 引用元を参照してください。
書籍についても、1991年ごろまでは出版が困難であり、焚書も行われていた、とされています。
「クルド語禁止問題」まとめ
シリア、トルコに代表されるように、少数民族であるクルド人の言語は、同化政策の対象となり、その使用が禁止されるようになってしまいました。現在はこのような禁止もなくなりましたが、その間、クルド語教育を受けていない人々は、クルド語の読み書きも、話すこともできない状態となっています。クルド語は、ますます絶滅の危機に瀕しているのです。
問題② 方言による「クルド語」の揺らぎ
クルド語を話す人々は、複数の国にまたがっています。そこで、クルド語には地域差があり、それが書き言葉にも影響を及ぼしています。
Some varieties of Kurdish, such as Sorani, are written in the Sorani alphabet, an Arabic-derived script, while the Kurmanji variety is written in the Hawar alphabet, a Latin-derived script. This has led to difficulties creating and finding information online for speakers of the Kurdish language.
Eduardo, Avila. (2025)
今回深堀りしていく記事の一節ですが、簡単に日本語訳、要約すると以下のようになります。
「クルド語にはいくつかの種類があります。例えば、アラビア語由来のソラニアルファベットで書かれたもの、そしてラテン語由来のハワーアルファベットで書かれたものです。この違いにより、クルド語を話す人々が必要な情報をオンライン上で探すことが難しくなっています。」
方言、と聞くと話し言葉を想像してしまいますが、クルド語の場合、その影響は書き言葉にも及んでいます。そのため、ネット上でクルド語で書かれたサイトがあっても、方言が違えば中身を理解することは困難です。
ここから、クルド人は、情報の入手についても、他の言語を使用する人々に比べ、困難さがあることが分かります。
では、どうするのか?
ここまで、クルド語を取り巻く問題を大きく2つ、深掘りしてきました。少数言語、時には絶滅危惧言語と呼ばれることもありますが、そのユーザーは昨今の情報社会において、不利な状況にあるといえます。 冒頭で示した記事では、その解決法の1つが掲載されていますので、この記事でも簡単に邦訳や解説をしながらご紹介します。
今回の記事で話題となっているのは、Wikipedia です。
皆さんも利用したことがあるであろう、デジタル百科事典です。
wikipediaを筆頭に、クルド語によるインターネットページは、方言問題に対応するべく、方言ごとに翻訳ページが分かれていることもあるそうです。
クルド語を禁止する法律はなくなり、クルド語での会話等、オフラインでのクルド語使用はかなり復活してきていますが、オンライン上のクルド語コンテンツが少ないことが、現在クルド人が直面している課題と言えます。
そこで、クルド語話者のコミュニティを作り、Wikipedia のクルド語への翻訳活動を行うことを通して、少しずつこの問題を解決しようとしています。
まとめ
本記事では、クルド語という側面からクルド人問題を考えてみましたが、いかがでしたでしょうか?
今回は、日本人にとっても身近なクルド人、クルド語に絞ってご紹介しましたが、少数言語の多くは、同じような問題に直面しています。戦争や植民地支配によって、世界から消えていく言語が今後生まれないよう、私たちも学び、自分にできることを続けていく必要があると考えます。
この記事を書いた人
参考・引用文献
Eduardo, Avila. (2025). Two alphabets, one struggle: How Kurdish communities are building a digital future. GlobalVoices. https://globalvoices.org/2025/08/27/two-alphabets-one-struggle-how-kurdish-communities-are-building-a-digital-future/
青山弘之. (2005). 『シリアにおけるクルド問題──差別・抑圧の“制度化”──』. 「アジア経済」46,8. 42-70. https://www.jstage.jst.go.jp/article/ajiakeizai/46/8/46_42/_article/-char/ja/
今井宏平. (2017). 『(クルド問題についての緊急レポート)特集にあたって』「アジア経済研究所」https://www.ide.go.jp/Japanese/IDEsquare/Eyes/2017/ISQ20
1720_002.html
高橋和夫. (1987). 『クルドと中東の国際関係』. 「国際政治」86. 68-82.https://doi.org/10.11375/kokusaiseiji1957.86_68
能勢美紀. (2025). 『クルド語で話し、クルド語で書き、それを出版して残すこと』「アジア経済研究所ライブラリアン・コラム」https://www.ide.go.jp/Japanese/Library/Column/2025/0418.html
吉岡明子,今井宏平ほか. (2014). 『グローバル戦略課題としての中東―2030年の見通しと対応―』「日本国際問題研究所」https://www2.jiia.or.jp/pdf/resarch/H26_Middle_East_as_Global_Strategic_Challenge/H26_Middle_East_as_Global_Strategic_Challenge.php



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